環境圧を知る(気象編)
風雪などの気象条件は樹木の生育にどのような影響を与えるのでしょうか。
森づくりを行っていくためには、環境圧つまり植物が育つためにマイナスとなる環境条件への配慮が欠かせません。
人は様々なストレスの中で生きています。ときにはそのストレスに向き合い、ときには上手にストレスを回避しながら…。
人と同じように木も生き物ですから、常に様々なストレスにさらされています。人の場合、ストレスに強い性格をしているとか、打たれ強いなどといいますが、誰しもストレスは少ない方がいいはずです。木の場合も同じです。人の場合にはストレスがすぐ死につながることは稀ですが(最近は過労死というようなこともあるので、一概にはいえませんが)、木の場合には強いストレスが衰弱を生み、さらには枯死に至るというのはよくみかけることです。
木を枯死にまで至らせるような様々な環境条件のことを「環境圧」といいます。環境ストレスと呼ぶこともあります。環境圧は特に植えて間もない木に強く作用します。ですから、木を植えるときにはこの環境圧を的確に知り、それに対する保護を行う必要があります。植えた木は植えっぱなしにしていても勝手に育っていくと思ったら大間違いです。特に公共事業で木を植えるときはなおさらのことです。税金を使うのですから。
さて、それではどのようなことが環境圧となるのでしょう。
環境圧は大きく5つに分類されます。気象に関するもの、土壌に起因するもの、流水によって起こるもの、同じ生物同士の関係から起きるもの、そして人の行為が原因となるものです。
今回は気象現象が環境圧となる場合について話を進めます。
様々な環境圧と樹木に現れる症状区分 項目 要因 症 状大気 風 寒風(初冬・初春) 先枯れ・枯死 一定方向からの強風 偏樹形 防風施設 潮風−塩分の葉面付着− 葉縁の変色→落葉→枯死 日照不足 建物や樹木の陰 被圧、枝葉の枯損、徒長 積雪 雪圧、雪の移動 折れ、曲がり、枝抜け 土壌 霜害 開葉直後の晩霜 新葉の褐変・新葉の枯死 過湿 表面排水不良、高地下水位 根腐れ 乾燥 土壌の保水能力の欠如 萎れ現象 有害物質 カドミウム、アルミニウムなど 葉面に斑点や変色 水 冠水・湛水 光合成・呼吸不能 枯死 流水 流水の力で流出・傾倒 生育不良・枯死 埋没 根が呼吸できない 枯死 生物 食害 野ネズミ、ノウサギ、シカ 冬芽、樹皮の欠如 草本との競合 草本による被圧と根の競合 蒸れ・水分不足→枯死 人為 踏圧 入り込みによる土壌圧密 成長停滞 刈り払い 管理時の草刈りによる損傷 成長停滞・枯死 肥料やけ 毛根の損傷・機能低下 枯死 北海道土木部河川課(1994)
かつて私の映像関係の師匠がお元気だったころの話。その方はある専門学校でカメラマン養成コースの講師をしていました。授業中、学生に「風を写す」という課題を出したとのことです。風つまり空気の移動を、静の写真の中にどう収めるかという問題です。髪がなびく様子、草木がなびく様子、風船が風に飛ばされていく様、実に様々な写真ができあがってきたそうです。しかし、かの師匠は「風を写すとは、そんなに直截的なものじゃない」とひとこと。ではどんなものが風を写し取ったことになるのか、残念ながらその場で答えはもらえずじまいでした。私にはわからなかったのですが…。その後、風は木の形をも変えてしまうということを知り、ひょっとしてこれも答えの一つだったのかな、などと思ったものでした。
風の影響を受け、斜めに育つシラカンバ。
石狩川沖積地である道央地域では、有効土層が薄いため、根系の発達する空間が小さく、そのためより斜めになりやすい。
(江別市郊外で)
前回でも書いたように、木は一定方向からの強い風を受けると風下側に幹が斜めに育ったり片枝になったりする風衝樹形や、風下側から風上側に向けて次第に樹高を増していく風衝林形になります。これは木が生き延びた場合の話です。
植えた当初は非常に風に対して弱い状態になっています。囲に書いたように、棺えるときには木が水分や養分を吸収するのに必要な細い根(細根)を多く切って持ってさます。細根は幹の近くでは少なく、離れた周囲に多いのです。細根を多く切ってしまっているので、木は必要な水分を吸い上げることができません。これに対して木の上部、つまり菓をつけているところでは、風によって強制的に水分を蒸散させられます。風呂上がりなどに扇風機をつけた方が早く乾くのと同じ理屈です。風が強いほど、この力が大さいと思って良いでしょう。このことから、木では水分の需要と供給にアンバランスが生じます。木は風のせいで水不足になるわけです。最初は葉が萎れる程度です。
この症状が進むと菓は枯れ、小枝も萎れて先枯を起こします。さらにひどくなると、この木は枯れてしまいます。秋に植えた木が春先にこんな症状になることが多いようです。特に土壌凍結が深い場所では、春先に根が活動する前に冬芽が開き始め、このような水分の需要供給のアンバランスが生じやすくなります。また常緑針葉樹、例えばトドマツやアカエゾマツなどの場合、冬でも葉を落としませんから、風による蒸散(強制脱水)作用を受けやすいため、秋に棺えると枯死する割合が非常に高くなります。針葉樹の秋植えはタブーとされる所以です。
水分の需要供給のバランスの模式図(孫田、1993)
同じ風でも塩分を含んだ海からの風、つまり潮風は木にとって大変なストレスとなります。海に近い場所では潮風にさらされる機会が多くなります。潮風に含まれる塩の粒子(海塩粒子)が葉の裏に付着すると気孔から葉の中にしみこみます。そうすると葉の中の水分は濃度の高い塩分を含んだ水の方に吸い出されます。このため葉は萎れだします。これがひどくなると葉は枯れてしまいます。これを何回も繰り返すと枝も枯れ始め、終いには樹高がだんだんと低くなっていきます。また葉に吸収された塩分は葉の付け根(葉柄基部)に蓄積され、葉柄基部についている冬芽を枯らしてしまうこともあります。北海道の海岸林でよく見られるカシワや、植栽種であるクロマツは比較的耐塩性がありますが、シラカンバやエゾヤマザクラなどは耐塩性はありません。
苫小牧付近ですと海岸から500メートルくらいまでが潮風の影響範囲です。台風などの強風のときには、内陸部数キロメートルくらいまで潮風の影響がでることもあります。
光は植物が光合成を行い、生育していくためには欠かせないものです。光条件が十分でない場合、木は光のある方向にだけ伸びたり、抑圧されたりします。また山火事跡地などで一斉に同じ樹種(シラカンバやケヤマハンノキなどの先駆性樹種と呼ばれる種類の木)が生えた場合、一平方メートルに何千本も生えてくるため光を求めて競争が起きます。それぞれがモヤシのようにならないように競争し、次第に淘汰され負けたものは枯れていきます。
写真は上にシラカンバがあるため日照条件がわるく、上に伸びるのを抑制されたニオイヒバです。上木が下の木を被圧している、といいます。もう一つの写真はシダレヤナギの下に植えられたエゾヤマザクラです。シダレヤナギのためまっすぐ上の方には伸びることができず側方に枝を伸ばしています。
多少暗いところでも育つ樹種を耐陰性樹種といいます。アカエゾマツなどは比較的耐陰性に優れています。幼木のころは大きな木の下でも生きていくことができ、上木が何らかの原因でなくなると急に成長を始めます。これとは逆に光条件が十分でないと育たない樹種もあります。シラカンバなどがその代表です。
木を植えるときには、それぞれの樹種の光条件に対する特性も考え合わせながら組み合わせていかなければなりません。
シダレヤナギの樹冠下にエゾヤマザクラが植栽されている。枝は光を求めて、側方に大きく偏って成長している。
(函館市で)シラカンバと同時期に植栽されたと思われるニオイヒバの垣根。シラカンバが成長して、ニオイヒバを被圧しているところではニオイヒバの樹高が低くなっている。
(札幌市真駒内駅前で)
北国に住む私たちにとって冬の雪とのつきあいは宿命的なものです。木にとっても同じです。
雪は降った直後はふわふわしていますが、積もった雪は次第に沈み、固まっていきます。積雪の平均的な密度を0.3グラム/立法センチメートルぐらいとすると、積雪深1メートルでは1平方メートルあたり300キログラムの重さになります。これが斜面だと、斜面方向に移動(グライドやクリープ)する力も加わるので、斜面に木を植えると木には相当の力が加わることになります。多雪地の斜面の木はこのような力を毎年加えられ、そして春になるとまた上に伸びていくということを繰り返します。写真のように、幹が斜面を這うようになり、そして上に伸びています。このような木を見たら、ここはたくさんの雪が積もるところだと思って下さい。
斜面では毎年一定方向に力が加わるため根元が大きく曲がった樹形になりますが、平地の場合は違った形になります。平地では雪の重さが下方に加わるのですが、ちょっとした地形の凹凸や枝の出方によって加重の方向が変わってきます。木に加わる力は毎年一定方向ではありません。あるときには右に曲がるように力が加わり、あるときには左にといった具合です。このため多雪地の平地に植えた木は、まるで提灯をたたんだように曲がってしまうことがあります。写真のようにクネクネした樹形になります。毎年のように押しつぶされていると良好な生育は望めません。
降雪量が8mを越えるような豪雪地帯の斜面に生える木は、根元が大きく曲がってい。雪の重みでいったん斜面方向に幹が伸びて、その後次第に上に伸び出す。
(蘭越町チセヌプリスキー場付近で)平坦地では雪の沈降力による加重が毎年のように違った方向に加わる。そのためひどいときにはまるで提灯を畳んだような樹形になる。
(枝幸町で)
今まで書いてきたような気象現象に起因する環境圧で木の成長が阻害されることを気象害といいます。気象害にはこれらのほか、霜の害(霜害)があります。霜害とは凍害の一種で、凍害が木の休眠期に起きるのに対して、春や秋の木が活動しているときに起こります。芽吹き直後の葉が凍ってしまい、その年に芽吹いた葉が全て枯れてしまうこともあります。これは晩霜害と呼びますが、木が枯れるまではいかないまでも、その年の成長は著しく阻害されます。毎年のように繰り返されると木は伸びていきません。また暖かい地方で育てた苗木を北の寒い地方に持っていって植えたときにも晩霜害で芽を枯らしてしまうこともあります。
今回は気象害に絞って環境圧の話をしました。環境圧は先にも書いたように数種類あります。次回は土壌など植栽基盤やそのほかの環境圧についての予定です。
参考文献
北海道土木部河川課(1993)河畔林植栽の手引き(案),PP39
酒井 昭(1982)植物の耐凍性と寒冷適応―冬の生理・生態学―、PP469、学会出版センター
孫田 敏(1993)桜づつみ造成について、PP11、水辺環境林造成に関する研究会・北海道開発局開発土木研究所環境研究室