ARCS TECHNICAL REPORT No.1-1

緑のデザイン論 序章

森づくりの技術や手法は専門家だけに通じる難解なものではありません。緑の環境は私たちがデザインしていくことができます。身の回りの景観を自らの手で豊かにしていくために最初に必要なのは自然の言葉を読むこと。そこから始まります。

日々の暮らしの中で
サクラだけが木じゃない!
まわりを見よう
こんなことも始まっています
50年後、子孫のために


日々の暮らしの中で

 1990年以降、特にリオデジャネイロで「地球サミット」が開催されて以来、環境に関する人々の関心は日々高まり、マスコミでは「環境」に関する記事がでない日はない、といってもよいような状態です。環境の問題が、公害に代表されるように原因者をある程度特定できるときには(特に企業の場合)、私たち市民は相手に対してその原因をなくすように求めるだけで済んでいました。しかし現在のように地球温暖化やオゾン層破壊・酸性雨などのようなことが問題となると、相手に何かを求めるというよりも、自分たち自身何をしなければならないかが問われるようになりました。例えば、ゴミのリサイクルのあり方と私たち自身の分別の仕方や冷暖房の温度設定、自家用車の使用を減らし公共交通機関を使うなどのことに気をつけながら、「環境」に配慮した暮らし方をしていこうというようなことです。

 私は今、森や緑の計画づくりを生業としています。森づくりや緑づくりもかつては公害の問題と同じように、他人事の世界にありました。例えば国有林は林野庁に、公園などの緑づくりは市役所などにまかせておけばいいことだと思っていました。しかし環境の問題と同じように考え、森づくりや緑づくりも決して他人事ではなく、自分たちの生活環境をつくる一つの方法である、と考える人達も多くなってきています。そして、かつての知床伐採のときのように原生林を問題にするのではなく、どのようにして身近な森を保全するのか、どのようにして身近な緑をつくるのかといったことが問題になってきています。それにつれて身近な里山をどうしようか、とか、自分たちも緑づくりに参加するにはどうしたらいいか、というようなことが、私たち緑化関係の技術者にも問われ始めたのです。つまり彼岸の彼方にあった森づくりや緑づくりを、日常的な問題としてを考えていく時代になったといえます。と同時に私たち技術者は誰にでもわかることばで森づくりや緑づくりを語る必要がでてきたともいえます。

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サクラだけが木じゃない

 とはいっても、みんながすぐに森づくりや緑づくりができるようなトレーニングは積んでいません。住民に緑づくりの話を聞くと、「サクラを」という答えが非常に多く返ってきます。「木=サクラ」という図式が頭のなかでできあがっているかのようです。実はいささかうんざりしています。

 北海道のサクラは大半がエゾヤマザクラという種類です。開花と開葉がほぼ同じ時期で、本州以南で多く見られるソメイヨシノのように満面の花とはいかない種類です。春早く、まわりの木々が少しだけ芽吹いた頃に、薄いピンクの花を着けます。ちょうどキタコブシの白い花と同じ時期です。自然林の中ではどんなところで咲いているのでしょう。概ね山腹の中腹から斜面の下部で、まわりを色々な樹に囲まれながら咲いています。1本だけ孤立しているエゾヤマザクラはあまりお目にかかったことはありません。

 このように見ていくと、エゾヤマザクラはどこにでも咲いているものではないことに気がつきます。いろんな木に混ざって咲いているし、咲いている場所は結構限定さていることを知って下さい。それぞれの木はそれぞれの育つ条件にあった場所で生きているのです。

 隣人でも名前を知らないとどこかよそよそしさがつきまといます。木も同じようなものです。森を、そして緑を語ろうとするならば、サクラ以外の木の名前も知り、隣人になっておく必要があります。トレーニングの第一歩です。

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まわりを見よう

 森づくりや緑づくりを考えるとき、まわりの木の育ち方をみると、参考になります。まわりの木の育ち方をみることは、森のことばを読み下し、木と語らうことです。

 例えば、木の育ち方から気象条件もある程度わかります。まわりの木を見て下さい。決して真っ直ぐ育っている木だけではないことに気がつくでしょう。木が片枝で育ったり、幹が斜めに倒れながら育ったりしている形を偏樹形といいます。成長期(春から秋)に一定方向からの風の影響を受けた結果起こります。そのため風衝樹形ともいっています。

 林の風上部の樹高が低く、次第に樹高が高くなるような場合、つまり林全体に風の影響が現れているようなときには風衝林形と呼んでいます。

 このような偏形の方向をみて、夏にはどの方向からどの程度の風が吹いているかがわかります。

風衝樹形(北海道江別市)
風衝林形(北海道天塩町)

 積雪地帯ではどの程度雪が積もるのか、を木の枝の状態から計ることもできます。図に示したように、枝が垂れ下がっていることや枝が抜け落ちていること・雪で折れて曲がっていること・苔の付き具合、そして先に述べた風衝樹形から知る方法などです。多くは森の中で見られることですが、道路の除雪などでこのような樹形になることもあります。

小野寺弘道 (1987),樹木を指標とした積雪環境把握の方法,林試東北支場たより,301,1〜4 

 また写真のようにエゾユキウサギの食痕から積雪深を知ることもできます。つまり雪の上を歩いてきたエゾユキウサギが、積雪の上にでた冬芽を食べてしまったのです。

エゾユキウサギの食痕
(北海道壮瞥町・有珠山)→

 次に土も見てみましょう。雨上がりなどに見るとよいかもしれません。水たまりができてなかなか水がはけないような場所があります。このような場所は粘性土の場合が多く、木を植えると根が呼吸しにくくなり育ちが悪かったり枯れたりします。逆にハンノキなどのように過湿な場所に生育できる種類もあります。

排水勾配を付けたのに粘性土を用いたため、水がたまっている事例(北海道・枝幸町)

 木の生育状態をみてその環境条件を理解するということは、木を植えるときに木にとって不利な環境条件を改善してやることにつながります。木の生育にとって不利な環境条件のことを環境圧と呼びます。環境圧とそれに対する保護については次回から詳しく述べます。

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こんなことも始まっています

 森づくりや緑づくりを市民の手でやる、一緒に参加するというようなことは、すでに北海道各地で行われています。まだ行政が主導している例も多いのが実状ですが、少しずつ輪が広がってきています。

 森づくりでの、東海大四高付属中学校の試みもその一つです。ある時、同校の先生が北海道工業大学の岡村俊邦教授を講師にした講習会で、岡村教授らの考案した「生態学的混播法」を実際にやってみました。そしてその考え方も含めてぜひこれは生徒達にもやらせてみたいということで今年から始めています。「生態学的混播法」とは数種類〜十種類ほどの木の種や苗木(播いて2年目くらいのもの)を直径3mの円内に数カ所に分けて植栽し、どの種類が残るかは自然が選択していくという考え方で森づくりを行うやり方です(「生態学的混播法」はいずれ詳しく紹介します)。植えた苗木や種の周りには砂利を敷詰め草の繁茂するのを抑えます。植えた後は極力人手をかけないようにします。同校では1年生で学校周辺での種取りを行ない苗木をつくり、2年生で苗木を育て、3年生になり定山渓ダム湖畔で「生態学的混播法」を行なう予定だということです。この方法は誰でもが森づくりに参加できる方法として注目されており、この定山渓ダムだけではなく道内各地ですでに実施されています。

これは帯広で生態学的混播法をやっているときの様子です

 「カミネッコン」を使った植樹法も、誰でもができる森づくりの手法として用いられています。「カミネッコン」とは東三郎北海道大学名誉教授が考案した植樹法で、六角形のダンボールの型枠にコンクリートを流し込み底のない鉢をつくり、あらかじめこの鉢の中で苗木を養成しておき、現地にはこの「カミネッコン」を置くだけにするものです。木を植えるときには穴を掘る、という常識を覆し、置くだけで植えたことになるというふうに発想が転換されています。このためコンクリートは通常よりも強度が低くなるようにし、木の成長と共に鉢が壊れるようにしています。この方法だと、いつでも植えることができる(通常木を植える時期は、初春や晩秋に限られる。)、周りより木の位置が高いので草に覆われることが少なく下刈りの手間がいらないなどの長所があります。 すでにこの方法を用いて、各地の住民の手で森づくりが行われています。(この方法も後日詳しく紹介します。)

 次に同じ森づくりでも木を植えるのではなく、今ある森に手を入れてよくしていこうとしている運動を紹介しましょう。場所は苫小牧・苫東の森です。ここは現在は苫小牧東部工業基地の遮断緑地の一部になっていますが、かつては農家の裏山として薪や炭を取るために切られ、その後放置された二次林です。その森を管理する苫東地区森林愛護組合のフォレスター(森林の管理やコーディネイトを行う人)・草刈健さんの提案で、森に入り手を入れてみたいというグループが集まって育林コンペということをやっています。森を数区画に分け、各グループごとに区画を割り当てそれぞれのグループごとに森の将来像を考え除伐や間伐を行なっていくというものです。チェーンソーも持ち込みプロはだしの作業を進めるグループもあれば、人海戦術で手鋸だけで作業を進めるグループもあります。

 その後札幌でもこのような試みが始まっています。北の里山の会がつくられ、これまでしばらく手が入れられたいなかったカラマツ林を再生しようと間伐やササ刈などの作業をしています。これもまた後日詳しく説明します。

苫東の森で間伐する親子

 これまで自然と付き合うということは主に観察するということが多かったようですが、近年は自ら森をつくろう、森の手入れをしようというような動きも多くなってきています。私たち技術者もそのような動きを手助けできる技術を伝えていく必要がでてきたようです。

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50年後、子孫のために

 森づくりや緑づくりは残念ながら工場でものをつくるのと同じようにはいきません。森が森として見えてくるまでには、二十年近い年月がかかります。それも成長の速いドロノキやヤナギ・ケヤマハンノキなどが形づくる森です。ミズナラやイタヤカエデなどの成長が遅く寿命の長い樹種が形づくる森が一人前になるにはもっと時間がかかります。街路樹でも同じことがいえます。昭和初期に植えたといわれるアカナラが今大きく枝を伸ばしています。

植物園前のアカナラの並木
昭和初期に植栽されたものらしい

 木が伸びる場所を確保し、木を育ててくという意志があれば、森をつくることは可能です。今始めれば、私たちが大きくなった森を見ることはできないかもしれませんが、孫達やその子供たちの代には立派な森ができるでしょう。今から始めるという意志が大切なのではないでしょうか。

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参考文献
小野寺弘道(1987)樹木を指標とした積雪環境把握の方法、林試東北支場たより、301、1〜4

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