近自然工法とは何か
−スイス・ドイツ・オーストリアの川、眺め歩記−
孫田 敏@ARCS
3.バイエルンの近自然工法
バイエルンといっても今回視察の対象となったところは、ミュンヘンの南方80kmにあるバイエルンアルプスに近いガルミッシュ-パルテンキルヘン(Garmisch-Partenkirchen)を中心とした地域である(図-3.1.1)。ガルミッシュ-パルテンキルヘンはドイツ最高峰のツークスピッツ(Zugspitze,2964m)の麓にあり、山岳リゾートの拠点として観光客でにぎわう街である。
図-3.1.1 ガルミッシュ-パルテンキルヘン付近の河川位置図
この地域に限った情報を集めることができなかったので、バイエルン州全体の概要を記すことにしよう。バイエルン州はドイツ連邦共和国の南部に位置し、面積は70,544平方キロメートル(北海道は83,452平方キロメートル)で、北海道よりもやや小さい。人口は1,215万人、人口密度は172人/平方キロメートル。このうちミュンヘンには州の人口の約1割、122万人が住んでいる(面積・人口についてはバイエルン州に関するホームページより)。年平均気温は8.0℃、年平均降水量は965.2mm(国立天文台,2000)である。
3.1 いわゆる砂防河川
3.1.1 谷止工
基本的にスイスでは急流河川においては近自然工法を適用していないと山脇氏から伺っていた。しかしドイツ・ガルミッシュ地方で真っ先に案内されたのはオールシュタット(Ohlstadt)村のカルトヴァッサーライネ(Kaltwasserlaine)という、いわゆる砂防河川だった。ただし、日本のように砂防・河川という行政区分はない。全て河川を管轄する部署が担当している。
ホテルの傍を流れるロイザッハ(Loisach)をちょっと眺めたと思ったら、いきなり急斜面の林道を登りだした。川を案内してもらえると思っていたら、山の中である。どこに連れていかれるのだろうかといささか不安に思う。ヨーロッパトウヒ(Picea abies)が立ち並ぶまさに黒い森の中のジグザグの電光のような林道をひたすら車は登る。森の中の林床植生は貧弱で、わずかなイネ科草本が見られるだけである。ややしばらくして、ちょっと開けたところで車が止まった。もう現場に着いたかと思ったら、展望スペースに案内された。展望スペースといっても何かあるわけではない。岩の上である。岩は山肌から突き出すようにそびえ立ち、足下は見えない。眼下には保全対象であるオールシュタットが見えた。カルトヴァッサーライネはその集落に突き刺さる矢のように山を下っている。何もしないということが不思議な場所である(写真-3.1.1)。
写真-3.1.1 カルトヴァッサーライネ上流から見たオールシュタットの集落
保全対象と川がどのような関係にあるかを見てから、初めて渓間工事を施した場所に行き着く。岩を組み合わせた谷止工(日本の治山用語で)である(写真-3.1.2)。これだけの勾配であれば、落差工もしかたがない。もともとは日本で見られるものと同じような構造物であった(コンクリートか否かについては聞き漏らした)。これは生物の生息環境上よろしくない、といことで現在のような形に変えたという。魚はいないが、こうすることによって河床を行き来する生物に配慮している、また水の健全な流れを回復したということであった。最初のうちは積み方にも不自然なものがあったが(写真-3.1.3)、次第に積み方をより自然なものにしていったということである。
写真-3.1.2 カルトヴァッサーライネの床固工群
写真-3.1.3カルトヴァッサーライネの初期の床固工群
天端の高さは計画河床勾配から決定される。ここは日本と同じであろう。計画河床勾配は8%である。この川は再改修であるため、実ははっきりしたことがわからないのだが、もともとの河床勾配が8%だったから、ということである。ちなみに石の値段を聞くと、日本円にして3,400〜3,600円(60マルク)/ton程度である。北海道での石の値段、20,000円/ton以上ということを話すと、案内してくれたライトバウアー(Karl Reitbauer)氏は大いに驚き、「それでは輸出を商売にしようか」と冗談をいっていた。ここでは基本的に使われている材料が違うということで何となく納得した。
再び車は下り、集落に近い山裾付近へと移動する。そこは枝沢の崩壊地を処理した場所であった。多くの階段工を配置して崩壊地の山脚固定を行っている(写真-3.1.4)。ここもコンクリートの階段工ではない。鋼製枠工に石を詰めたものでつくられている。有珠山の前回の噴火のとき、地盤が不安定なうちに防災処理をしなければならなかった場合に使われた鋼製自在枠と同じようなものである。コンクリート製にしなかったのは、それによって地下水を含めた水の流れを健全にしておくためだという。有珠山では前回の噴火の後に鋼製自在枠の谷止工を多用した。20数年経って一部に腐食が進み構造的に弱体化している箇所も見られている。その点を指摘すると、「そのころにはもういないから、それは次の時代の人がまた考えるだろう」という、何とも日本では考えられないような答えが返ってきた。
写真-3.1.3カルトヴァッサーライネの下流の床固工群
ここで少しは自分の専門の緑化についても触れておきたい。先に上流部の渓間工を見てきたが、工事の後は山腹斜面に裸地が生じる。この処理は日本のように張芝工や吹付工をしている訳ではない。刈り取り草本によるマルチングという処理である。マルチングをした草本類から種子がこぼれ、それが発芽・生育するのを期待するのだという。すでに事例は紹介されていると思う。約20cmの厚さで敷き均し、浸食防止効果を期待する。この現場は標高1,600〜1,700mの地点で、実際この近くからはマルチング材を補給できないことから、下流の標高600m付近で草を刈り取り現地に搬入している。本来であれば、施工地付近の草を使わなければならないが、その場で採取した種子を使った場合、成長が非常に遅く当面の浸食防止にはならなかった。そのため、ここでは次善の策として下流から搬入しているという。ただし、この措置はあくまで仮のもので、2〜3年後に自生種が侵入してくるまでの時間稼ぎである。日本では緑化というと、かなり恒久的なものと考えられ、張芝などをすると自生種の侵入まで10年以上もかかるということが多い。当面必要なことは何なのか、最終目標はどこに置くのか、ということを明確にしながら緑化を進める必要性を強く感じた。
3.1.2 流木止め
次に向かったのはガルミッシュ-パルテンキルヘンの東にそびえる山中である。これも急流河川の一つであるラーネンヴィースグラーベン(Lahnenwiesgraben)の上流部を見るためである。ここの目玉は「流木止め」である。
日本では1990年6月末から7月初めにかけて九州地方で起きた梅雨末期の集中豪雨による災害で多量の流木が発生し、その後「流木止め」がクローズアップされることになる。流木捕捉工と呼ばれる施設の設置が始まったが、基本的には流木も土石流の一部と見なしているため、スリットダムや部分スリットダムで流木を捕捉するという考え方になっている(建設省,1990)。
ラーネンヴィースグラーベンの流木止めを見ると単なるネット(金網)である。砂防堰堤に支柱を立て込み、水通し部分にネットを張ってワイヤで支えるという構造であった(写真-3.1.5)。
写真-3.1.5ラーネンヴィースグラーベンの流木止め用ネット
一見仮設物とも思えるような構造である。この件に関しては、特に現場で質問をすることもなくすぎてしまい、考え方の元になるのはどのようなことなのかを聞かずじまいとなってしまった。少なくとも流木も土石流の一部と見なしてはいないようである。
3.2 木を植える
今回近自然工法で河川改修を行った場所では木を植えているところはあまり見ていない。かつて植えたのかもしれないが、わからなくなっているのだと思う。(写真-3.2.1はチューリッヒ郊外のネフバッハ)
写真-3.2.1 ネフバッハの河畔林
前回(1993年)訪れたときのデータをもとに、道内の河川周辺の植栽事例と比較した資料を載せよう。ヨーロッパの事例はドイツ・オーストリアにおけるものである。ここでは植栽されている樹種の由来に着目してみている。植栽されている樹種を、水辺などの比較的湿ったところに立地する樹種、湿ったところから乾いたところまで比較的広範囲に立地する樹種、園芸種や水辺近くにはあまり自生しない樹種の3つに分類し、使用されている割合を比較している(図-3.2.1)。
図-3.2.1 北海道とドイツ・オーストリアの河畔林の植栽樹種の比較(北海道,1994)
図中の濃い部分(A)は水辺などの比較的湿ったところに立地する樹種,図中の横縞の部分は湿ったところから乾いたところまで比較的広範囲に立地する樹種(B)、空白は園芸種や水辺近くにはあまり自生しない樹種(C)の使用割合を示す。右がドイツ・オーストリアの場合、左が道内河川の場合である。この図からも明らかなように、道内の河川周辺では園芸種などが使われる割合が非常に多く、河畔林造成といわれるものが決してその名を呈するような姿にはなっていないことを示している。やや古い資料ではあるが、相変わらず「さくら堤」が各地でつくられていることから、この傾向は大きく変わってはいないと思う。これに対してドイツ・オーストリアの河川周辺では、もともと水辺域に生育している種や広範囲に生育している種を用いており、園芸種の使用は稀である。そのときも河川の改修計画には河川の専門家だけではなく生物の専門家、都市計画の専門家などもプロジェクトに入っていると聞いたのだが、その結果が現れていると思った。日本でも景観の専門家と称する人たちも加わることが多いようだが、本来の意味でのLandscapeの専門家は育っておらず造園技術者の延長上にあるようである。なお生物学や生態学などを専門としている人は多いが、ものをつくる技術との接点がないため、日本ではそれらの知識が必ずしも生かされていないというのが現状であろう。さらに付け加えるならば、計画のときに調査をしていないことが往々にしてあるのではないか、ということも考えられる。河川に関わる技術者は、その場、その場に適した河畔林のあり方を考える癖を身につけてほしいと思う(決してヤナギ林だけでもないはずである)。
少し具体的に木の植え方について見てみよう。写真-3.2.2に事例を示す。ミッテンヴァルト(Mittenwalt)のイザール(Isar)河畔である。
写真-3.2.2イザール(ミッテンヴァルト)の植栽事例
カエデ類の植栽を行っている。北海道に比べ樹高の割合に太さがない。支柱も一本支柱で簡易なものである。たぶん強い風が吹くことがなく、積雪も少ないことから簡易なもので間に合っているのだと思う。一方市街地や公園などではかなり樹高の高い木を最初から植えている。写真-3.2.3はチューリッヒ市内の街路樹を撮ったものである。支柱の規格に注目してほしい。かなり長い杭を使用している。上部を板で渡して釘止めにしてある。構造的には何やらか弱い感じがする。樹木の固定は日本のように横丸太に棕櫚縄で結束するという方法ではなく、3本の杭丸太から棕櫚縄のようなものを渡し、縄そのものの張力でもたせる構造になっている。これも先ほどの述べたように強い風が吹かないからできることだと思った。
写真-3.2.3 チューリッヒ市内の植栽事例
植栽木の根元周りにはマルチングが施されている。バークマルチである。バークを使ったマルチングは随所で見られた。乾燥防止、雑草防止だろう。北海道でも最近見られるようになってきたが(写真-3.2.4)、まだまだ使用例は少ない。もっと普及させるべきだとは思うのだが‥。
写真-3.2.4 道内のマルチング施工例(標津町)
木の植え方に関しては、参考にすべきものもあればあまり参考にならないものもある。しかし少なくともその場その場で木の植え方はかなり違っていて、自然環境条件や社会環境条件をわきまえて植栽を行っていると感じられた。なお、西洋の人たちは写真-3.2.5のように刈り込んで傘を広げたように樹冠を整形するのが好きなようだが(私にはなぜなのか理解できないのだが、山脇氏は日陰をつくるために枝が横に伸びるようにしているのだと説明していた。)、これとて市街地や公園で行われていることであり、決して河畔林と認められるような場所ではしていない。
写真-3.2.5 刈り込まれたプラタナス(チューリッヒ市内)
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