柳川/堀割物語

2011年06月02日

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福岡への出張、現場視察だったので、もし見落としがあった時にと思い、一日予備日をとっていました。しかし、勝手に一人でブラブラするのもはばかれる様子だったし、視察予定時間内でだいたい理解することができたので、翌日は一日余裕ができました。

さて、ということで柳川まで足を伸ばしてきました。福岡天神から西鉄の特急で約50分。柳川といえば「うなぎ」、じゃなくて堀割です。かつて、ドブと化した堀割を埋め立てて都市の再開発を、という計画が議論された時、当時市役所にいた広松さんという方を中心に保存運動を進め、市民の手でドブさらいをして堀割を活性化した、という話をずいぶん昔に読んでいました。確か小樽運河の保存運動よりも早かったと思います。

川下り、楽しんできました。堀割再生の話なんてでませんでしたけど。

柳川藩立花家の城下町。堀割の周囲の家々は当然武家屋敷だったのでしょうか。建物まで残っている家は少ないのでしょうが、敷地の広さや庭の木々から往時の様子を推測することができました。豊かな街という印象でした。

柳川で思い出すのは「伝習館高校」。もう40年近くも前のことですが、学生時代に伝習館闘争関係の本を数冊読んでいました。教育の主体とは、なんてことを青い頭なりに考えていたこともあります。駅へ戻る途中立ち寄ろうかとも思ったのですが、今年初めて経験した夏日、日和りました。

4度目の九州行き、初めて観光旅行らしいことをしました。

2011/06/11