論文を書くときの3つの課題

木下是雄

第1に,どれだけことばをつくしてものを書くか.日本人同士のコミュニケーションでは,相手がわかっていると思うことは言わない.これは,裏返してみれば明確にものを言うのを嫌う美学である.そこに日本人の言語習慣の特徴がある.しかし科学の世界ではとことん明晰に言うことが必要で,論文ではそのことが要求される.

第2に,ものごとをことばで表すときに,それが事実なのか,自分の考え・意見なのか,あるいは他人の意見なのか,はっきり区別することが大切である.このことは『理科系の作文技術』その他でさんざん書いた.事実の記述と意見とを読み分け・かき分ける訓練が,これからの世の中ではますます必要になってくる.

第3に,外国人がよく言う「日本人の文章は論理的でない」という評価は,何を意味するのか.「論理的」とは三段論法などのことを指しているのではない.論理的な文章は,どう読んでもほかの意味にとられないようになっている.私が書く上で最も時間を取られるのは,ほかの意味に取られる可能性があるかどうかの検討である.本来、仕事の面白さとは、それにたずさわる各人の創意工夫がこめられ、結実する点にあると私は思う。

2003/09/27・2003/10/20
木下是雄(きのした これお),2003,科学者とことば,巻頭言,科学,23,10,岩波書店