古代から続く痴呆症

司馬遼太郎

アイヌのようなおだやかな民族でも、その伝統の中では戦いの叫び声でみちみちている。ただかれらはわずかに鉄器を持っているだけで、互いに殺傷能力の高い武器は持っていなかった。おそらく鏃(やじり)はまだ石器や骨器をつかい、威力を増すためにトリカブトを塗った程度のものだったろう。

だから自動小銃や大砲やロケット弾を持ったセルビア人とクロアチア人との戦いとは、被害においてけたがちがう。

しかし他の民族(エスニック)を鬼かゴジラのようにおもうという原始感情の点では、すこしも両者にちがいがない。殺す者も殺される者も、それをテレビで観る者も、みな茫々と古代からつづいている痴呆症のなかにいる

2003/04/07
司馬遼太郎(しば りょうたろう),1997,オホーツク街道−街道をゆく38−,299-300p,朝日文庫,朝日新聞社